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国家知識創新プログラム 中国科学院は新中国成立の1949年にソビエト連邦の科学アカデミーをモデルに設立された自然科学の総合的研究機関で、初代の院長は日本留学経験者の郭沫若が務めている。中国科学院は、1990年代に入ると共産党の指導下で、組織のスリム化と強化を着々と進めている。 1992年、123ヶ所あった研究所を2003年には85ヶ所、2005年には80ヶ所まで合併合理化を推進してきている。研究者や技術者数も、研究機関の民営化、合理化、統合や職員の早期退職促進により8万人から3万人まで縮小削減している。 一方では、国際的なゲノムプロジェクトに貢献する「北京ゲノム研究所」、臨床へのトランスレーショナル・リサーチを目指す「上海健康科学研究所」、科学院と大学が連携した「国家ナノ科学センター」、広東省と広州市の地方政府との協力で設立した「生物医薬健康研究所」、浙江省と協力した「材料技術研究所」、上海市との協力の「小型衛星工学センター」、大学と協力した「ライフサイエンス研究所」など世界的に見て重要と考えられる分野については時間をかけずに早期に設置している。 共産党や政府に権力が集中しているため、このようなスピーディーな政策転換が可能である。 基礎研究よりイノベーションに重点 中国政府は自主創新を旗印としているため、数年後に成果が期待され、競争力強化に貢献するプロジェクトが重視されている。これは世界的傾向であるが、中国も例外ではない。中国科学院の研究所の研究費の8割はプロジェクト関連経費であり、純粋に研究者の好奇心やアイデアに基づく基礎科学への投入は2割にすぎない。中国は政治体制上、上からの管理に重点がおかれ、早急な成果が求められる国柄であるため、自由な発想を尊重する科学文化に乏しい。自主創新を絶対視するあまり、基礎科学が疎かになったのでは、科学技術強国の達成は危うくなるであろう。 縦割り組織がイノベーションの芽を摘む 科学院は約100ヶ所の研究機関を抱えており、サイエンスが細分化されているように、研究機関も細分化されている。その上、研究機関は激しい競争に晒されているため、共同研究や共同シンポジウムの開催が困難な状況に置かれている。「競争は効率化を高める」という発想からそのようなマネジメントが実施されていると思われるが、横の連携不足はイノベーションにかなり不利になっている可能性がある。 イノベーションは当然だが計画的に実施されるものではなく、根本において異分野の研究者や発想の異なる研究者の間の議論から偶然に閃くものである。研究者相互の知的刺激が非常に重要である。研究の行き詰まりをブレークスルーするのは、他分野の研究者のアドバイスに依る場合が多い。同類の仲間同士の議論は堂々巡りになる可能性が高いため、研究マネジメントは研究者間の交流促進におかれるケースが多い。物理と生物、ナノテクと分子生物学など異なる学問の交流を如何に促進するかが研究機関の活性化に直結する。その意味では、100ヶ所という多数の研究機関の交流を如何に構築していくかが、科学院のイノベーション促進の鍵であると筆者は考えている。 生物化学・細胞生物学研究所:研究棟の電灯は深夜も消えない 1931年4月、日本政府は義和団事件の賠償金による対支文化事業の一部として、上海自然科学研究所を完成させるが、その建物は現在の中国科学院上海生命科学院の本部となっている。 生物化学・細胞生物学研究所は2000年5月、上海生物化学研究所と上海細胞生物学研究所が合併して発足したもので、科学院上海生命科学研究院傘下の9つの研究機関の一つである。研究所の今までの偉大な成果には、牛インスリンの全合成、イーストのアラニンtRNA研究などである。現在、真新しい17階の研究棟に移転している。深夜遅くまで、研究室の電灯が消えることはない。 研究所は、文字どおり細胞生物学及び分子生物学の研究を行っており、細胞生物学に関しては国家重点実験室及び国家実験室に選定され、国内トップの座を誇り、分子生物学分野では国内トップ3に入る。幹細胞や万能細胞研究も実施している。双方が研究資金を出し合って、マックスプランク研究所とのジョイントラボも設置済み。筆者が会った女性大学院生は、「マックスプランク研究所に行って研究するのだ」と眼を輝かせていた。 研究所は、分子生物学国家重点実験室を有しており、@ポリペプチド、タンパク質、プロテオミクス、A核酸、遺伝子、クロモゾーム、ゲノム、B単細胞生物学、免疫、発生生物学 の三領域を重点的に推進している。また、科学院から認定された幹細胞生物学重要実験室もある。 研究者数は648人、院士11人、研究グループ約50(グループ長は全員外国からの帰国組で、ほとんど米国帰り)、博士学生指導教授65人である。国家傑出青年基金獲得者13人、百人計画入選者10人。研究者約200人、ポスドク22人、大学院生約400人。 2007年度の予算は2110万ドル。科学院からの運営費が29%、研究資金が16%、外部資金が55%。国家重点実験室よりもレベルが高い“国家実験室”に選定されたため、2007年度は前年度と比較し、大幅に予算が増額した。 論文数は1998年から2001年にかけて、293報から268報まで漸減しているが、逆に国際論文数は増加し、SCI登録論文数は68報から197報まで急激に伸びている。量から質への転換がうまくいっていることを示している。一方、特許取得は十数件。研究所の副所長は純粋基礎を行っていると主張するが、実際は目的基礎研究を志向しているように見える。中国唯一の細胞バンクを持ち、実験マウスセンターもある。 学生は博士号取得後、90%が生命科学のメッカの米国にポスドクとして留学するが、現在では多くが中国に戻ってくる。スタートアップ資金を支給するなど呼び戻しのための施策も実施している。女性研究者には妊娠休暇中も給与を全額支給するなどのサポートをしている。 研究者の競争では、本研究所は大学よりも厳しく、国内の大学との人材の流動性は少ない。今後、国際化を促進し、さらに海外に開かれた研究所にしたいとの意向を持つ。 研究機器は共同利用や時間外利用したり、技師をつけるなどのサポート体制により有効に活用されている。 将来構想では、幹細胞生物学分野の多分化能のメカニズムの解明を通して、新薬の発見を目指すとしている。 生物物理研究所:30歳代の研究所長が率いるタンパク質解析研究所 1950年に実験生物研究所として設立され、1958年に今の名称になった。中国の生物物理学で一番有名な貝博士が初代所長となり、以降、40年間順調に発展してきている。現在の研究所は北京五輪のメインスタジアム“鳥の巣”の近くに位置し、その規模は、研究者が約200人(うち院士が9人)、主任研究員約50人(うち外国人が2人)、大学院生約400人。現在の重点分野は、タンパク質及び脳と認識の2つであり、これらの実力は中国一である。 研究所の年間予算は約1億元で、科学院から自動的に来る研究費は4割未満にすぎないという。日本の大学や研究機関の研究費は、主務官庁から運営費交付金などの形で拠出されてくることと比較すると、随分低い。逆に見ると、中国の研究機関は研究費のリソースの分散化が進んでいるといえる。 生物物理研究所には国家重点研究室が2つある。1つ目の「生物大分子国家重点実験室」は、巨大分子タンパク質の同定をテーマとしていて規模が大きく(教授7人、研究者は数十人、学生100人)が携わっている。もう1つの方の「脳・認識科学国家重点実験室」は、脳と認識をテーマとした研究室で、ジーメンス社のfMRIを導入して、研究成果を挙げている。600Mヘルツ、400Mヘルツの 核磁気共鳴装置も設置されている。 研究所は、SinoBio Biotech Company と BaioAo Pharmaceutical Companyの2つの会社を所有し、研究成果の企業化を行っている。インキュベーターも研究所内にあり、またTLOも持ち、製品のライセンシングをやっている。MRI、X線などの手法で、腫瘍、肝炎、SARSなどの新薬設計を行っている。 「中国の基礎研究の問題はポスドクがいないことと、学生は博士号を取得すると米国に行ってしまうことが研究所の弱点だ」 と対応してくれた研究者は不満をこぼす。ポスドクのポスト自体が中国ではまだ認知されていないのだ。 研究所は東京大学医科学研究所と共同で、「新興・再興感染症の研究室」を設置している。SARSなどの感染症の日本進入の水際作戦として、小泉首相と胡主席の合意を契機にで発足したプロジェクトである。 自動化研究所:ロボット研究に強い 本研究所は、ロボットに関する基礎研究を実施し、瀋陽の自動化研究所は応用研究を実施することで、差別化を図っているとのこと。ロボット研究は第7次5ヶ年計画以来実施されている重点テーマの一つだ。第10次五ヵ年計画では、863計画全体で150億元が投資されたが、ロボット研究にはそのうち十数億元が投資された。しかし、「人間型ロボットでは、まだ日本に敵わない」と研究者は本音を語る。日本の研究機関との共同研究を切望している。 研究所は、中関村に12階建ての立派な新築ビルを擁し、研究室として8階から12階までのフロアーを使用し、7階以下はベンチャーなどへの貸し事務所にしている。所長は英国留学経験者で、国際協力に積極的だ。フランスの情報自動化研究所(INRIA)及び韓国のサムソンと既に合同実験室を設置運営している。 中国でもロボコンは盛んで、中学生が“少年宮”単位で課外授業やコンテストを開催しているという。日本に限らず、中国、タイ、ベトナムなどのアジアの若者はロボット作製に夢中になりやすい体質を持っているようだ。 化学研究所:中国化学界を牽引 化学研究所は、1956年に創設された研究所だ。当時、上海の有機化学研究所、大連の化学物理研究所、長春の応用化学研究所は既に存在していたが、北京にも化学分野の研究所が必要との発想から創設されたものである。化学研究所には無機分野の研究室もあったが、青海の研究所に移転したため、無機分野の研究は今でも行なっていない。 スタッフ数は458人。教授89人、院士9人、ポスドク36人、大学院生約700人で、教授のうち2人は外国人。他の研究所では、海外の大学に所属し中国の研究所に形式上研究室を設置しているだけの教授もいるが、本研究所では海外滞在は3ヶ月以内としているため、そのような教授はいない。国内滞在が9ヶ月を切ると、ポスドクや学生などの指導が疎かになり、研究所にとってもメリットがないことを経験的に学んでいるためだに、そのような規則を作っているという。 博士号取得者の60%はポスドクとして海外の研究機関へ行く。この理由の一つは、この研究所では、博士号取得者はその研究所のポスドクになれないという規則があるためだ。 国家傑出青年科学基金に選定されている者は26人。科学技術部認定の国家重点実験室は3ヶ所(分子反応機構、不安定・安定種構造化学など)で、中国科学院の重点実験室は5ヶ所。百人計画対象者は36人。年間予算は1.5億元で、6割は競争的資金として確保している。 2003年の実績ではSCI登録論文数は516報、インパクトファクターが3以上6以下の論文84報、6以上は28報。中国科学院の研究所のなかでは、化学研究所のSCI登録論文数でこの数年間1、2位をキープしている。化学研究所はまた米国の化学一流雑誌のJACSに毎年20報程度の論文を掲載している。 教授は、2年に1回、ピアレビューと外部評価委員会による評価を受けることになっている。雇用契約は4年であるが、評価が悪く再契約にならなかった者はまだいない。期限付き雇用と言っても、実際は永久雇用に近く、形骸化しているとも言えよう。所長及び副所長の任期も4年間。通常2期勤める。所内の重要事項は、所長及び4人の副所長で構成される所内会議で決定される。 日本との間では、理化学研究所及び分子科学研究所との間で協力協定を締結し、毎年、それぞれワークショップを開催している。外国人の名誉教授16人のうち3人が日本人である。野依、白川ノーベル化学賞受賞者ら日本人の訪問者も多い。 中国では化学分野が比較的強い分野であり、さらに化学研究所はその強い化学分野をリードする研究所であると言えよう。なお、中国科学院の筆頭副院長で次の院長と目されている白春礼は、本研究所の副所長経験者である。 北京ゲノム研究所:世界ゲノム解析プロジェクトへの貢献 2003年、中国科学院北京ゲノム研究所は北京華大ゲノム研究センターから独立して、設立された。現在、北京ゲノム研究所は、北京首都空港の北に位置し、ゲノム解析などの業務を北京華大ゲノム研究センターにアウトソーシングしているという関係にある。研究者は約100人、うち教授クラスの研究員は約20人、ポスドク約20人、学生は約100人で、研究費は約1000万ドルだ。一方、華大ゲノム研究センターのスタッフ数は約400人。 研究分野は、世界ゲノム解析計画(HAP MAP)、イネゲノム解析計画、抗SRAS研究、カイコゲノム解析計画、DNAシークエンシング、バイオインフォマティクス、プロテオミクスなどの研究を実施している。インドネシアのスマトラ沖地震の犠牲者のDNA鑑定も受託している。 研究所のゲノム解析の成果は、神舟ロケットの打ち上げ成功と並んで、中国十大基礎研究ニュースに選ばれたことがある。 研究所は主にゲノム解析のために設立されたものであり、そのための研究機材と人材を整え、世界に貢献していることは評価されるべきであるが、データの収集・分類が主な業務であり、生命科学分野の基礎研究を実施しているとはいいがたい。他の研究機関との連携が鍵となってこよう。 微生物研究所:中国の微生物登録機関 微生物研究所は、中国国内の微生物6万種を保存している微生物特許登録機関である。そのうち2万種の微生物がカタログに掲載されており、国内外の機関に販売または交換をしている。インターネットを用いて、どのような特徴を持つ微生物かを問い合わせることが可能になっている。残り4万種は研究対象であるため、解析が終わるまで公開していない。 研究所は、微生物の保存・分類の業務以外に、基礎研究も実施している。例えば、タンパク質や毒素の構造解析、免疫反応メカニズムの解明、極限環境微生物の解析などである。また、バイオテクノロジーの開発はやっていない。 教授クラスの研究員は40人、大学院生は300人で、全体で600人程度である。一つの研究室の規模は20数人。国家重点実験室は、微生物資源国家重点実験室の一ヶ所のみで、年間予算は7000人民元。英国帰りの高福が所長に就任して以来、予算は急増しているとのこと。現在、北京五輪のメイン会場付近に移転し、生物物理研究所、動物研究所などと隣接している。 本研究所が育成した博士のうち、海外に去った研究者の方が国内にとどまっている者よりも多く、20年間で海外に流出した博士は300人近くにのぼるという。頭脳流出である。 植物研究所:植物標本数は随一 植物研究所は、北京市郊外の香山の麓に位置する。研究所の正面は週末に家族連れで賑わう北京市の植物園だ。植物研究所は、植物系バイオ研究を実施し、本所のほか、内モンゴル自治区に5ヶ所と黒竜江省、北京市、湖北省、四川省の合計9ヶ所に野外研究ステーションを持っている。植物の発育過程の研究、高収穫食用植物、耐塩性植物、重金属吸収植物(タバコなどを用いて土壌の重金属を吸収し土壌改良を行う)、バイオ燃料用植物の開発などを実施している。 植物標本保管棟は系統・進化植物学国家重点実験室に指定されており、植物標本は、逐次写真撮影され、インターネット上で検索できる植物標本データベースを作っている。中国各地のほか、世界各国からも標本を収集しており、既にデータベースに180万種類の標本を掲載済みだ。誰でも無料で検索でき、1日あたり約5万件のアクセスがある。植物標本を入手する場合は有料だ。 中国政府は、生物資源の収集・分類を非常に大切にしており、このような基礎的な膨大な作業を積み重ねているのには、大国の風格が伺われる。一方、動物研究所では、昆虫、動物、魚、鳥など400万種を保存しているという。このような博物学を軽視していると、学問の厚みが失われる恐れがある。中国の為政者は博物学の意味をよく理解し、地味な分野にも研究費を配分しているのである。 大連化学物理研究所:触媒化学に強い海外に開かれた研究所 1949年3月、大連大学科学研究所として設立され、その後、名前を数度変えて、1962年、大連化学物理研究所が発足した。触媒化学、プロセス化学、有機合成化学、化学レーザー、分子反応動力学、分析化学、生物技術などの分野で基礎、応用、開発を実施中だ。燃料電池は実用化に向けて実験中である。 院士12人、研究者473人(うち教授級研究員51人)、大学院生655人、ポスドク50人。国家傑出青年基金獲得者10人、百人計画入選者20人という人員構成である。 年間の論文発表数は472報で、うちインパクトファクター3以上は68報だ。特許数は科学院研究所のなかで過去6年間トップ5回の実績を誇る。 国際協力は35ヶ所との間で実施しており、外国人訪問客は2900人、外国訪問者数は1400人。海外との合同実験室には、触媒合同実験室(フランス)、ナノ触媒技術合同実験室(ドイツ)、燃料電池合同実験室(サムソン)がある。合同研究センターには、クリーンエネルギー研究センター(BP)、理論化学国際合作センター(米国)がある。共同研究プロジェクトとしては、燃料電池研究(ドイツ)、結合化学研究(Bayer)、触媒反応探査研究(BASF)、化合物合成・分析合成研究(LILLY)、光水分解触媒研究(JST)がある。特に、BPとの共同研究には、13人の研究者が参加し、定例シンポジウムなどを実施している。このように海外の研究機関との間で積極的に国際交流を展開している。 近代物理学研究所:日本との関係が深い重粒子加速器研究所 近代物理研究所は、1957年に設立された原子核研究所であり、現在蘭州で重イオンを用いた原子核物理やその他の応用研究を推進している。科学者・技術者330人、院士1人、高級技術者201人、教授級研究員51人、大学院学生107人、ポスドク5人が研究に携わっており、研究施設は1年に300人以上の科学者に利用されている。サイクロトロンを用いて、理化学研究所よりやや低いエネルギーのRIビームを発生する研究施設を既に稼動させている。また、発生したRIビームを蓄積・冷却し、さらに加速するシンクロトロン2基を含む大型施設を建設中であり、理化学研究所のRIビームファクトリーとは相補的な研究環境を実現しようとしている。 1988年12月、国家重点プロジェクトとして、蘭州重粒子加速器(HIRFL)を建設し、1991年9月、国家計画委員会が蘭州重粒子加速器(HIRFL)国家実験室設置を認可した。HIRFL-CSR(冷却蓄積リング)は第9次5ヶ年計画の重大科学プロジェクトに指定された。建設技術はほとんど国産技術を使用しているが、一部、日本の真空技術株式会社やロシアから購入した機材を使用しており、技術の導入国が異なるため、その摺りあわせがうまく行かず、トラブルの原因となっている。トラブルの解消には国際的な委員会を設置し、海外の専門家の意見に耳を傾けている。核物理学の世界では、技術の国外流出を懸念するよりは、国際協力を重視する考え方が学者に行き渡っている。装置は学問の手段にすぎないというのだ。 なお、研究所のパンフレットの最初に登場する外国人研究者は日本人である。日本が20年以上に渡り、技術協力を行ってきたことを裏付けている。 研究分野は、新元素合成と研究、放射性イオンビーム核物理研究、低中レベル重粒子衝突及び核エネルギー性能研究、原子核高スピン機構研究、原子核理論研究、高速重粒子・物質相互作用物理学研究、重粒子輻射生物学効果及び重粒子癌治療研究である。2004年の発表論文は271報、1997年から2004年まで獲得した特許と実用新案の合計は49件である。 かつて計画経済の時代には、政府が若手研究者を研究所に“配分”してきていたが、市場経済化されると、職業選択の自由が広がったため、近代物理研究所は、蘭州という辺境の地で、かつ核物理学の人気の後退のため、優秀な人材を集めるのに苦労している。 高能物理研究所:ケ小平が熱心だった高エネルギー加速器 高能物理研究所の北京電子陽子線型加速器(BEPC)は、1988年10月、ケ小平の同席の下で稼動を開始した。1989年7月、北京電子陽電子衝突スペクトロメーター(BES)がデータ取得を開始し、1991年9月、北京シンクロトロン放射光施設(BSRF)の利用が開始された。1993年5月、北京自由電子レーザーがアジアで初めて発振を実現した。2004年5月、BEPCをアップグレードしたBEPCUのインストールが開始された。 日本の高エネルギー研究機構は、本研究所に対して加速器BEPCUの超伝導空洞真空技術の提供を行なっている。また、生物物理研究所との間で、この加速器から得られた放射光を利用して、ほうれん草のタンパク質を共同で分析し、雑誌“ネイチャー”に論文を掲載している。 2006年1月、高能物理研究所は、国際協力の下で北京電子陽電子衝突型加速器(BEPC)を使って、実施した北京電子陽電子衝突スペクトロメータ実験において新素粒子―X1835が観測されたと発表した。この成果は、2006年度の中国基礎研究成果のベストワンを飾った。本研究所は、スタッフ1030人、うち科学者及び技術者は600人、大学院生は400人。予算は、年間4000万ドル(建設費、大亜湾計画等含まないが、給与、ランニングコストは含む)という。 BEPCUは、2007年3月25日、ファースト衝突実験成功。設計どおりの性能を発揮した。 中国の素粒子物理の主なプロジェクトは、BEPCU、BESV、CSNS(Chinese Spallation Neutron Source、2年前に政府認可)、Charm Physics@BEPCU、LHC、CMS/Atlas、ILC(国際線形加速器)である。ILCは、中国政府当局が推進に消極的であるばかりでなく、米国政府も中国へのハイテクの輸出を許可しないので、中国での実現のハードルは高い。 中国の次世代の大型加速器計画は、Particle Astrophysics Experiment, X-ray Telescope Satellite,羊八井, Moon Project, Alpha Magnetic Spectrometer, CSNS(Chinese Spallation Neutron Source)。 大亜湾原子力発電所敷地内のニュートリノ計画は、科学院、科学技術部、自然科学基金委員会、地方政府、米国エネルギー省などが研究費を拠出しており、予算規模は合計で2000万ドルという。 遺伝・発育生物学研究所:イネ研究は予算獲得が容易 2001年、遺伝研究所、発育生物学研究所及び石家庄農業現代化センターが統合されて設立された。スタッフ総数は614人、科学技術人員は469人で、そのうち科学院院士は4人、教授級研究員は47人(全員が海外帰国組であるが、5年以上の海外滞在は8割に及ぶ)、副研究員、高級工程師及び高給実験師は110人、国家傑出青年基金獲得者は12人、百人計画選出者などは15人、大学院生は444人、ポスドクは12人である。総予算は年間1400万ドル。 国家級重点実験室を二つ持ち、植物遺伝子と小麦の品種改良。13ヶ所の研究室は北京ゲノムセンターとしてスピンオフした。研究センターは、分子農業生物学センター、ゲノム情報センター、発育生物学センター、人類・動物遺伝学センター、農業資源研究センターの5ヶ所で、サポート施設として、農業高新技術試験パイロットプラント、実験動物センターの2つの施設がある。 2001から2004年の発表論文は422報で、インパクトファクター5以上は48報である。 重点研究は政府が重視しているイネの研究においている。 「イネに関連する研究費は獲得が容易だ」と、研究者は微笑む。 寒区乾区環境・工程研究所:砂漠、凍土、寒冷地の専門研究所 寒区乾区環境・工程研究所は3つの研究所が統合して設立された。スタッフ全員で547人(退職者300人は含まないが、生活保障の必要がある)、科学院院士3人、教授級研究員62人、大学院学生400人で、年間予算1.4億元。 研究分野は、寒冷圏・全地球変化研究、凍土・寒区工程研究、砂漠・砂漠化研究、高原大気物理研究、水土資源研究、生態・農業研究、リモセン・地理情報科学などの研究を実施している。 巨大な風洞などの実験施設が整備されている。また、チベット高原で採取された氷床コアの分析により過去数年の気候に関するデータを整備する一方で、5〜60年間の気象観測データも整備されているという。 チベット高原に有人・無人の観測所を設置しているが絶対量が不足している。アジアモンスーン、黄砂などは日本にも大きな影響を与えているので、チベット高原の観測は日本にとっても大切だが、中国では気象データは機密扱いのため国際共同研究は容易ではない。 国際交流人員が最大数なのは日本だ。王所長が日本留学経験者であることが影響している。2005年3月まで文部科学省の科学技術振興調整費により「風送ダスト(黄砂)の大気中への供給量評価と気候への影響に関する研究」を実施していた。日本との継続プロジェクトを強く期待している。特に、日本の観測装置は壊れにくいので重宝という。 重点実験室として、凍土工程国家重点実験室、砂漠・砂漠化重点実験室及びアイスコア・寒区環境開放研究実験室が認定されている。 上海実験動物センター:実験動物は薬品検査や生命科学研究に不可欠 中国科学院上海実験動物センターは、マウス、ウサギ、ラットなどのげっ歯類を大量生産し、医療機関や研究機関に有料で提供している。中国では、南京大学、軍事医科学学院(北京)を加えて、三大実験動物センターの一つと数えられている。 スタッフは118人(大卒は42%)でそのうち、研究員は6人。実験動物の需要に応えるために、総工費1.4億元をかけて新しい建物を建設予定だ。建設費の半分は中国科学院、残り半分は上海生命科学研究院、それらの残り4分の1は自ら負担するという。現在の使用面積は1万2千平方メートルであるが、将来は3万平方メートルに拡大する予定。現在の人件費は500万元。 中国特有の昆明マウスについては、1940年インドからスイス経由で昆明にもたらされ、北京経由で中国全土に広まった。12ヶ所のマウスセンターで安全性試験用の動物として提供されている。 治験や研究の基礎として欠かせない生物資源をきちんと整備している政府の姿勢は評価されるべきである。長期的な視点に立って政策を実施していると考えられる。 健康科学研究所:トランスレーショナル・リサーチに挑戦 科学院健康科学研究所は、上海市の中心地にある上海交通大学医学部の敷地内に位置する新しい研究所である。科学院と上海交通大学医学部(元上海第二医科大学)が共同で設置した研究所で、基礎医学と臨床の架け橋役を目指す。 3つの部門(Basic Research Division - 17研究室, Clinical Research Division – 6研究室, Clinical Research Network - 9グループ)で構成されており、臨床ベッドがある周辺附属病院とも連携している。Clinical Research Divisionの建物にはパスツール研究所も入居しており、P3レベルの病原体封じ込め施設もある。 トランスレーショナル・リサーチ、教育、イノベーションに重点をあてているが、漢方薬の研究も行っている。関節リューマチなどのワクチンなどで良い成果をあげている。 日本でも、基礎生命科学と治療をつなぐトランスレーショナル・リサーチは着目されているが、中国は政府の強い意思で組織の壁を越えてこのような研究所を早期に設立できるのが強みである。 工程熱物理研究所:エネルギー供給と環境保全に奮闘 科学院工程熱物理研究所は、熱から電気や仕事への変換を行うのが目的で、1980年、力学研究所から分離独立した。北京市郊外に3ヶ所のプラント実験所がある。 熱力学、ターボ機械、燃焼、熱転換の研究開発を実施している。具体的には、石炭のガス化、脱硫、都市ゴミの燃焼発電、炭酸ガスの抑制、水素ガス生産、バイオ発電、自然エネルギー発電などの技術開発を行っている。教員は173人で、そのうち、教授級研究員は17人。大学院生は182人で3分の1は清華大学から入学してくる。少し前までは定員割れしていたが、エネルギーと環境問題の重要性から人気がでてきている。 研究所の性格はエネルギー供給と環境保全という社会ニーズに応えるものであるため、発表論文数の発表は少なく、年間100報以内である。 研究所から企業への技術移転の方法は3つ。まず、企業からの委託研究で成果は契約書で決まるが、基本は企業のもの。次に企業へのライセンシングで、導入費(イニシャル費)及び売上高に応じたロイヤリティーを受け取るもの。三番目は、研究所と企業とのジョイントベンチャーで、企業は資金を提供するが、研究所は技術を資金換算して提供し、共同で設置するもの。 エネルギーと環境の問題は中国の生命線にもなりかねない。研究者と技術者の活躍に期待したい。 長春応用化学研究所:日本の大陸科学院の跡地に聳える研究所 長春応用化学研究所は、1948年設立された、高分子科学、無機化学、分析化学、有機化学及び物理化学を含む学際的な化学系の研究所である。現在、高分子物理化学国家重点実験室、電気分析化学国家重点実験室、稀土化学物理重点実験室、高分子応用実験室、緑化学プロセス実験室の5つの組織から構成されており、3人の科学院院士を含む796人のスタッフ、613人の大学院生より成る。予算は8000万元から1億元程度。発表論文数は500報、特許申請数は150件程度。600メガの核磁気共鳴装置など研究機器類は充実している。 長春応用化学研究所は理化学研究研と関係が深いエピソードがある。戦前、満州国が新しい研究所の構想作成を財団法人理化学研究所の三代目所長の大河内正敏に託し、新京(今の長春)に誕生したのが大陸科学院である。大陸科学院は、産業の育成発展のために総合的科学研究機関として、採鉱、航空機、風力、土木建築、林産、医学、畜産、獣疫、博物館などの研究を実施していた。 終戦後、大陸科学院は中華民国そして中華人民共和国に没収される。大陸科学院は変遷を経て、現在の長春応用化学研究所へと名前を変えていく。 当時の大陸科学院の本館は撤去されたが、跡地に現在の長春応用化学研究所が威風堂々と“存続”している。 解放軍総合病院(301病院):日本を上回る治験の規模と質 解放軍総合病院(301病院)は、解放軍の最大の病院であるばかりでなく、中国最大の病院だが、研究型病院を目指している。GCP(Good Clinical Practice)に認定されている。SARS騒ぎでは、当初原因が不明であったため、医者、看護婦など数十名の死者をだしている。 博士大学院生は360人、修士学生は900人、医者は800人、ベッド数2000、年間患者数300万人、手術3.4万件、CT16台、PET、MRI、DNAシークエンスなど12億元の機器を有する。年間論文1600報、被引用数は解放軍病院で6年連続一位。外部研究費は年間9300万元だ。 2002年に863計画参加し、2005年に全軍重点実験室に指定され、2007年に米国のワイス社と共同で、抗がん剤を3ヶ所で治験を行っている。そのうちの1ヶ所で毎年5000人の患者にフェーズUの治験を実施している。 この病院では、大学、研究所、企業の開発した新薬の治験を行うが、ここで開発した新薬は他の病院で治験をすることになっている。公平を期すためである。 健常者を対象とするフェーズTの登録数は僅か300人であるので、治験の際には広告を出す。日本の製薬企業との間でも、フェーズTとUの治験を行っている。実施した治験は67件で、うち国際協力は24件。フェーズTは新薬を中心に5項目で、1項目は4、5のテストを行う。赤字にはなっていない。教授は欧米留学経験者が多く、日本のどの大学よりも治験のシステムが進んでいるように思われる。 病院の2006年の収入は14億元。2007年は17億元を見込んでいる。治験を行う医者には残業代の形で賃金を支給。治験は世界的なプロトコール(手続き)のルールに従っている。 なお、中国の薬事法改正案では、人体実験との批判が国内にあるため、フェーズTの国際協力はやらないとしているとのこと。 日本は生命科学研究の成果は多いが、国民に還元される成果は少ない、としばしば指摘される。治験制度が貧弱であったり、新薬認定の制度が硬直化しているためである。中国は将来を見越して着々と手を打っているように思われる。 |
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