我々はどこへ行こうとしているのだろうか

 わたしが会員になっているNPO法人「ものづくり生命文明機構」のメンバーから、今年1月、スイスのダボスで開催された「世界経済フォーラム年次総会」(通称、ダボス会議)において、俳優の渡辺謙さんが行ったスピーチの抜粋が送信されてきた。

「・・・国は栄えて行くべきだ、経済や文明は発展していくべきだ、人は進化して行くべきだ。私たちはそうして前へ前へ進み、上を見上げて来ました。しかし、度を超えた成長は無理を呼びます。日本には『足るを知る』という言葉があります。自分に必要な物を知っていると言う意味です。人間が一人生きて行く為の物質はそんなに多くないはずです。こんなに電気に頼らなくても人間は生きて行けるはずです。『原子力』という、人間が最後までコントロールできない物質に頼って生きて行く恐怖を味わった今、再生エネルギーに大きく舵を取らなければ、子供たちに未来を手渡すことはかなわないと感じています。
 私たちはもっとシンプルでつつましい、新しい『幸福』というものを創造する力があると信じています。がれきの荒野を見た私たちだからこそ、今までと違う『新しい日本』を作りたいと切に願っているのです。今あるものを捨て、今まで
やって来たことを変えるのは大きな痛みと勇気が必要です。しかし、今やらなければ未来は見えて来ません。心から笑いながら、支え合いながら生きて行く日本を、皆さまにお見せできるよう努力しようと思っています。そしてこの『絆』を世界の皆さまともつないで行きたいと思っています」

 このスピーチは東電福島原発事故の被災者の気持ちを代表しているとも考えられるが、物事の本質は原発の是非というだけではなく、我々の生活のあり方、我々の人生のあり方、我々の文明や文化のあり方に及ぶ。そして、このような絆を大切に生きたいという純粋な気持ちは、戦争や飢饉や社会動乱を経験するたびに、心ある人々が感じてきたことであろう。どこかで見た風景のようでもある。
 渡辺謙さんの言葉は物質文明から生命文明への転換を促しているとも捉えることができる。それが実現できるかどうか、転換しなければならないかどうかの評価はひとまず置くとしても、転換の規模と範囲は相当大きいと思わなければならない。

 我々の豊かさは石油の上にあると言ってよい。現代は石油文明社会だ。決して、一次エネルギー8%しか供給していない原発の上にあるのではない。その石油も有限である。ポスト石油後は再生エネルギーの技術革新を考慮しても、現在の半分程度のエネルギーしか賄えないだろう。

 そのような社会はどのような社会なのかイメージすることは難しい。中央集権や東京一極集中は放棄しなければならない。地域分権は不可避だ。第二次産業と第三次産業中心から第一次産業へと後戻りしなければならないだろう。進歩や便利さよりは文化や伝統が重視される社会になろう。マイカー中心から公共交通システムに戻るであろう。核家族から大家族に戻るであろう。
 そんな社会で心から笑いあいながら、支え合いながら生きていく人生を選択するかである。いや、早晩石油は減耗していくため、そうせざるを得なくなるにちがいない。それもそんなに遠い先のことではない。我々が生きている間に訪れる。
 問題は来るべき新世界、それは過去の因習にとらわれた遅れた世界かもしれないが、そこに人間としての価値を見出していかなければならないのだ。それができる者が新世界に適応できるものであり、称賛されよう。
 さて、あなたはどっちなのか。(2012年6月21日、寺岡伸章)

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