二人の美人妻

 中国は唯物論を信奉する政党が支配する国であるので、幽霊や化け物は存在しないことになっている。少なくとも、そのようなものを信ずるのは、前近代的、封建的な悪い伝統であり、迷信とされている。しかし、人々の心の底には、それらがうごめいている。迷信や後進性という勿れ。笑うなかれ。人間は唯物論では割り切れない不思議な存在である。中国では幽霊や化け物の物語は、長く庶民に語られ、知識人も好んで読んできたのである。それが文化というものである。
 『聊斎志異』(りょうさいしい)という書物がある。全篇ことごとく神仙、狐、鬼、化け物、美女に関する不思議な短編小説集である。清始めの蒲松齢(ほしょうれい)がその作者であるが、怪異の世界と人間の世界が自由に交錯している。死んだ人間が生き返ったり、人間が幽鬼の美女と結婚するのは日常茶飯事。飢えた人々が墓に埋められた死人の肉まで食ったという実話を基にした話もある。まるでゾンビの世界だ。なお、聊齋(りょうさい)は作者の号及び書斎の名であり、『聊齋志異』とは「聊齋において怪異譚を記す」の意味である。
 読み始めたころは、気味悪く、夜になると、恐くて寝付けなくなるかもしれないと思ったが、慣れてくると、けっこう楽しめる。近代では、現実の世界と冥界を明確に分けるのが合理的な精神とされているが、人間はそんなに単純な存在ではあるまい。変幻自在に進行する物語は自由な精神の発露である。芥川龍之介や司馬遼太郎も熱心に読んだという。500篇近い物語は、まさに中国の千夜一夜物語と呼んでもいいかもしれない。
 蒲松齢は19歳で、科挙受験資格試験である童子試を受験し、県・府・道三次の試験にすべて首席で合格している。親や親戚の期待も高まる。だが、省段階の郷試を受験するが、落第を重ねる。とうとう、51歳で郷試を受験したとき、病を得て途中で受験を放棄し、帰郷した。妻から言われた。
「もういいでしょう。あなたにもし運があったなら、今頃はとうに立身して台閣に列していらっしゃるはず。山や林のなかの暮らしにもそれなりの楽しさがあります。毎日が大宴会の暮らしだけが楽しいとは限らないのではありませんか」
「なるほど、それもそうだ」
 と蒲松齢は30年間の受験生活にピリオドを打った。彼は三十代のはじめにすでに『聊斎志異』収録の作品を書きはじめているが、75歳まで自ら書き、また集めたのが『聊斎志異』として残されている。立間祥介の訳もすばらしい。簡潔明瞭な日本語に仕上がっている。

「犬神―野狗(やこう)」の全文を書き出すことにしよう。
 于七の乱では、麻を刈るように人が殺された。
 李化龍という者が、夜の闇にまぎれて避難先の山から村の様子を見に戻ったとき、行進してきた清の軍隊にぶつかった。問答無用で斬られてはたまらんと、慌てて逃げようとしたが隠れる場所もない。やむなく死人の群に倒れこんで、死人を装って棒のように伸びていた。兵隊が通り過ぎても、なおしばらく我慢しているうち、首や腕を切り落とされた死体がぞろぞろと立ち上がった。なかのひとり斬られた首を皮一枚で肩にぶらさげたのが、
「犬神さまが来たらどうしよう」
 とつぶやくと、死体たちも口々に
「どうしよう」
 と言ったが、突然またばたばたと一斉に倒れ、物音ひとつしなくなった。
 肝をつぶしがたがた震えながら立ち上がりかけたとき、何者かが近づいた。頭は獣、身体は人間という怪物が、死人の頭に噛みついて、かたはしから脳味噌を啜っているのである。仰天して頭を死体の下に突っこんだ。怪物が来て、肩を持ち上げ頭に噛みつこうとした。
 李が死体にしがみついて頑張ると、怪物がまわりの死体をどけたので、頭がむきだしになってしまった。死にものぐるいで、腰の下をさぐると茶碗ほどの石があった。それをしっかりと握りしめ、怪物が身をかがめて食いつこうとしたとき、ぱっと立ち上がりざま、わっと大声で叫んで叩きつけたところ、口に当たった。怪物は梟(ふくろう)のような絶叫を残し、口を抑えて逃げ去った。吐き出した血が道に残っていたので、近づいて見てみると、血だまりに歯が二本残っていた。真ん中で折れ曲がり、先がとがって、長さは四寸あまりもあった。持ち帰って皆に見せたが、誰も怪物の正体を知らなかった。

 この怪物が存在するとは思えないが、死体も恐がる怪物はものすごく恐い。こんな奴とは死んでも、お目にかかりたくない。

 「飲み仲間―酒友」はこうだ。概要を書こう。
 車(しゃ)という若者は豊かではなかったが、酒に目がなく、毎晩遅くまで飲んでいた。
 ある夜、目が覚めてみると、誰かがわきで寝ているようなので、灯で照らしてみると、なんと狐が酔いつぶれていた。酒瓶は空になっていた。車は、これは飲み仲間になると笑い、そっと着物をかけてやった。
 真夜中になって狐が伸びをして起きると、よくも殺さずにおいてくださったと礼を言った。そこで、車は、僕は酒が好きでひとからはバカにされるが、よければ飲み友達にならないか、遠慮なくいつでも来てくれと言うと、狐もOKサインを出した。
 次の日、とっておきの大吟醸酒(こんなのが清代の中国にあるわけはない。これは筆者の作り話だが)を酒瓶に満たして待っていると、狐はやはり日暮れになってやってきた。膝を交えて愉快に酒を飲み交わした。狐は酒豪のうえに座談にも長けていた。
 狐は、ご馳走になって恐縮です。あなたは役人のように裕福ではありませんから、酒代をひねり出すのも大変でしょう、酒代を工面してみましょう、と言った。
 狐は次の日の暮れ方に来て、東南へ七里行ったところの道端にカネが落ちていると言うので、翌朝行ってみると、銀子(ぎんす)が二両手に入ったので、酒の肴を買い込んだ。
筆者が好きなカラスミも買ったかは分からない。今度は、中庭の奥の地中に埋まっているものがありますと、狐が言うので、掘ってみると、なんと百両の銀子が出てきた。他日、蕎麦の値が上がると狐が言うので、蕎麦の種を買い込んでいると、ひどい日照りになり、作物は枯れ植えることができるのは蕎麦だけとなったので、種を売って十倍の利益を得た。
 こうして、狐は車ばかりでなく、車の妻や息子とも親しくなっていった。だが、のちに車が死ぬと、狐はそれっきり姿を見せなくなった、とさ。

 このような楽しく、金儲けさせてくれる飲み友達であれば、狐でも幽鬼でも構わない。

 「二人妻―蓮香(れんこう)」。これはタイトルからして、妖しそうな物語だ。
 桑暁(そうぎょう)は幼くして両親と死に別れ、ひっそりとひとりで暮らしていた。ある夜、ひとりの女がきて、書斎の扉を叩いたので、迎え入れてみると、傾国の美女だった。傾国とは為政者が夢中になって国を傾けてしそうなほどの美女という意味だ。名は蓮香という。灯を消して床に入り心ゆくまで歓をつくした。四、五日に一度は、夜になると通ってくるようになった。
 ある夜、ひとりの女がひらりと入ってきたので、てっきり蓮香だと思っているとそうではなかった。十五、六歳のみるからに上品そうな娘だった。手は氷のように冷たかった。良家の娘で李といった。お情けをかけてくれと頼むので、交わってみると正真正銘の処女だった。李は毎晩でもお側に侍らせて欲しいと言った。桑暁は時々蓮香がやって来ると言うと、それでは鉢合わせにならないようにすると李は言うと、刺繍した履を片方置いて帰った。
 ある日、その履を取り出して弄んでいると、李がひょっこりやって来たので、愛をたしかめあった。以来、履を取り出すために、必ず女が現れた。
 ある夜、蓮香がやってきて、桑がすっかりやつれてしまったと驚いた。蓮香は十日後の再会を約束して帰っていった。李は毎晩やってきたので、抱いてやった。李は、蓮香がやってくる夜、こっそり覗いてみるので、黙っているように桑に言った。
 蓮香が約束の日にやってきて、仰天して言った。
「力がないうえに、脈も切れ切れです。きっと幽鬼に祟られているのですわ」
 でも、桑は無視した。そんなことは信じたくなかったのだ。
翌晩、李がやって来た後で、桑が蓮香は何物だと李に訊くと、狐だと答える。
幽鬼と狐。いったいどちらがほんとうなのか。どちらともほんとうなのか。蓮香が厳しく問い質すので、李のことを話すと、その者が来たとき外から観察すると言った。次の夜、李が来て、帰っていくと、蓮香は、李はまちがいなく幽鬼です、そのままでは間もなくあの世ゆきですと言った。翌日、蓮香は薬を持参して桑に服用させた。腹が二、三度激しく下り、腹の中が空っぽになり、頭もすっきりした。桑は有難いと思ったが、病気が幽鬼のためとは信じなかった。桑は李の方に惚れているのだ。
 蓮香は桑に決して李と会わないように言ったが、李がやってくると桑は招き入れた。だらしないやっちゃ。そして、「お前のことを幽鬼だという者がいるんだ」と桑が言うと、李は、「あの牝狐とは縁を切ってください。そうしないともう二度と来ません」と罵り、しくしく泣き出した。
 翌日、蓮香がやってきて、李と会ったことが分かると、呆れ、そして怒った。
「百日後、あなたが病床に臥せているところにやってきます」
 と言って、蓮香は固い顔で去っていった。
 桑はそれでも李と昼も夜もともに暮らすようになった。日ごとにやせ細ってきて、そのうちに二度と立てなくなってしまった。後悔して、意識を失った。
 蓮香が約束どおりやって来た。桑は自らの罪を認め、助けてくれと懇願した。李がひらりと入って来た。蓮香は李になぜこのような悪をするかと詰め寄った。李は、
「わたくしは若死にしてこの堀の外に埋められたが、未練が残り、桑さまとお付き合いがしたかったに過ぎない、毎晩毎晩やったのがいけなかったのですわ」
 桑はそのとき悟った。蓮香は害を与えない狐で、李が本当の幽鬼であることを。そして、もうすぐ死ぬのかとわっと泣き出してしまった。すると、蓮香が言った。
「薬を採りに蓬莱に行き、やっと揃えることができました。この薬とその病の原因となった物を混ぜなければなりません。つまり、李さんの香ばしい唾が必要なのです。」
 蓮香は丸薬を桑の口に含ませ、ついで、李が唾を口移しした。蓮香はつきっきりで看病し、李も毎晩やってきて、まめまめしく働き、蓮香を実の姉のように立てて仕えた。こうなってしまえば、桑のものだ。やれやれ。
 桑はすっかり回復したが、李は顔を見せないようになった。蓮香も桑をいとおしく思うようになった。桑ははらはらと涙を落とした。
 これより先、張という金持ちの家の娘、燕児(えいじ)というものが、汗が出ない病にかかって死んだ。だが、明け方に蘇生し、突然、外へ出ようとしたので、張が扉を閉めた。
「私は幽鬼なのです。李と申します」
 と燕児は奇妙なことを言った。よく話を聞いてみると、ひとの身体を借りて転生したことにはたと気がついた。
桑はこの不思議を噂に聞いて、燕児の母親の誕生祝いに出かけていった。桑が最後に入ってくると、燕児は桑の袖口をとらえて、ついていこうとしたので、母親に咎められた。母親は吉日を選んで桑を婿に迎えることにした。
桑が帰ってこれを蓮香に話し、住まいをどこにするか相談すると、蓮香は別れると言い出した。
「だって、あなたはあのひとのお宅に婿入りされるじゃありませんか。のめのめとついて行けるはずはないでしょうに。バカー」
 と蓮香に言われたが、どうにかなだめすかした。桑と燕児の結婚式に出た蓮香が燕児に転生の次第を尋ねると、燕児が言うには、
「あてもなくさまよっていたところ、張家の若い娘が床に横たわっていたので、乗り移った」
 それからふた月して、蓮香が男の子を生んだが、産後病に倒れて、日ごとに重くなった。蓮香は燕児の腕を握って、
「この子をお願いするわ。私の子はあなたの子よ」
 と言うので、燕児は涙ながらに蓮香を慰めるだけだった。
「お泣きにならないで。あなたが楽しく生きてくだされば、私も楽しく死ぬことができます。縁があったら、十年後にお目にかかるでしょう」
 と言ったかと思うと、蓮香は息を引き取った。遺体はすでに狐と化していた。
 子供は狐児(こじ)と名づけ、燕児がわが子同然に育て、清明節がくるたびに、子供を抱いて墓に詣でた。ただ、燕児には男の子ができなかったので、桑に妾をいれるよう勧めていた。
 ある日のこと、下女が、
「娘を売りたいと言っている女が、門の外にきています」
 というので、燕児は呼び入れて、娘を一目見るなり叫んだ、
「蓮香さまが生まれ変わっていらっしゃったわ」
 桑も会ってみて、あまりに似ているので驚いた。そして、娘を買い取った。
 燕児は娘をなかに招き入れて、私を知っているかと問いかけた。
「存じません」
 との回答だった。
 娘をあらためてよく見ると、蓮香の生き写しだったので、そのうなじをとんと打って、
「蓮香さま、蓮香さま、十年したら会おうというお約束を、お忘れではないでしょうね」
 と声をかけると、娘は夢から醒めたように、えっと大きな声を出した。
 桑は娘すなわち蓮香と、悲喜こもごも前世のことを語りあった。
 燕児が桑に、私と蓮香さまは二世にわたるお付き合いなので、お骨を一緒に埋めてくださいと言ったので、桑は李の墓から遺体を掘り出して、一緒に葬った、とさ。

 二人の美人妻を持つことは男の憧れだが、空恐ろしい結末が待っていそうだが、二人の妻が姉妹のような関係になるならば、三人の生活はうまくいくだろう。いやこれしか、複数の美女を安全に手に入れる道はないのである。桑は幸せ者である。
 この物語は中国人の女性観を表している。狐や幽鬼のような女性を思い浮かべるといい。色白で、妖しい美しさを持ち、生活感のない女性が思い浮かぶであろう。これが中国でもてる女性のイメージである。大都市の中産階級はお手伝いさんを雇えるくらい豊かになった。妻に家事を負担させる必要はない。日常の雑事を忘れさせてくれる、生活をまるで感じさせない雰囲気の女性が中国人男性を幸せにするのではなかろうか。社会は近代化しても、愛すべき女性像は変わらないのである。

「奥の国―羅刹海市(らせつかいし)」はロビンソン・クルーソーの冒険に似ている創造性に富む作品だ。
 馬驥(ばき)は商人の子で女も凌ぐ美男子だった。
 馬驥は仲間と海に出て嵐にあい、ある遠い町に漂着した。そこの人はみな異様な顔をしているが、馬驥を見ると化け物と思い、逃げ散った。互いに怖れていたのである。村人は馬驥がひとを食う化け物でないと分かると、近づいてきた。話しかけてみると、言葉は違っているものの半分は通じた。ある者が口を開いた。
「祖父から西方二万六千里に中国というのがあり、人々はみな無様な顔をしていると聞いたことがあるが、それが本当であると今日知った」
 この村の美意識は中国人と正反対のようだ。
「我が国で重要なのは学問ではなく、容貌です。もっとも美しい者が朝廷の大臣、次が地方の役人、まあまあの者でもお偉ら方のお情けにすがって妻子を養うことができます」
「この国の名は」
「大羅刹国(だいらせつこく)です。都は北へ三十里行ったところにあります」
 ある日、見学に連れて行ってもらった。瓦のかわりに赤い石で葺(ふ)かれていた。赤い石は不老不死の薬の原料である丹砂(たんさ)そのものであった。
 宰相は、耳が後ろ向きにつき、鼻の穴は三つ、睫は簾のように目の前に垂れていた。大夫(たいふ)も奇怪な顔立ちばかり、ただ位が落ちるに従って醜怪さの度合いが少なくなった。ついで、村人に案内されて侍従武官に会いにいった。その人は目の玉が飛び出し、髭は針鼠のように巻いていた。
 侍従武官に案内されて、王に謁見し、踊ったり、歌ったりするとたいそう喜ばれた。
 そうこうするうちに、海上で開かれる市に出かけることになった。舟に乗って三日して
上陸した。城壁の瓦は一つ一つがひとの背丈ほどもあり、望楼は天に届くほどだった。市に陳列されている物は、人間世界では見たこともない目もあやな宝物ばかりだった。
 そこに若い大夫が見事な馬に乗って現れた。一緒に轡(くつわ)を並べて城門を出、岸にいたると、乗っていた馬がひらりと海に飛び込んだ。すると、海が二つに裂け、切り立った崖のようになった。まさに、モーゼの出エジプトにそっくりではないか。しばらく行くと宮殿が見えた。竜宮国だ。馬驥(ばき)は美しい侍女たちの大歓待を受けた。財宝もうなるほどあった。竜王は言った。
「愛娘(まなむすめ)が伴侶に恵まれずにおります。ぜひ先生に貰っていただきたいのです」
 馬驥はありがたいお言葉と、頭を垂れるばかりだった。
 竜宮国での楽しい生活も三年がすぎようとしていた。馬驥は両親と会うために、暇を願い出た。王女は言った。
「わたくしはあなたのために操を守りますから、あなたもわたくしにために約束を守ってくださいね。あなたのお子を身ごもったようなので、名前をつけてください」
「女だったら竜宮、男だったら福海としよう」
 と馬驥は返答した。
 王女は三年後の4月8日、南の島においで下さい、あなたのお子さまをお返しします、と言った。
 馬驥が故郷に帰ってみると、両親は健在だったが、妻は再婚していた。我々が知っている浦島太郎の物語とは違う。王女との約束を守るために、再婚せずに妾を入れることにした。昔の男はいいよなー。
 三年後の約束の日に島に行ってみると、はたして二人の子供が水上で遊んでいた。
 馬驥は子供たちを抱きかかえて、帰宅した。翌年、母親が死んだ。喪服姿の女性が現れたが、激しい風となって、その姿は瞬く間に見えなくなった。彼女は王女かも。
 竜宮は大きくなると里心がつき、竜宮国に帰ると、王女からたくさんの嫁入り道具を貰って帰ってきた。馬驥がこれを聞くと、王女を思い出し竜宮と手を取り合って泣いた。その時、轟音とともに雷が落ち、その姿は消えてしまった、とさ。


<参考文献>
『聊斎志異』上下 蒲松齢著、立間祥介編訳(岩波文庫)

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